インタビュー・構成:小川隆夫 |
MAGAZINE 01 |
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{ カルテット }
今年一番の話題が、サマー・シーズンに大規模なツアーを行なっているハービー・ハンコック・カルテットだ。メンバーは彼のほかに、ウエイン・ショーター、デイヴ・ホランド、そしてブライアン・ブレイドというもの。このスーパー・カルテットが東京JAZZに出演する。
「リハーサルはたったの2日間。それだけで十分だった。最初からグループは何年も活動しているかのように、抜群のコンビネーションを誇っていた。もちろん、互いが互いをよく知っていたっていうこともある。しかし、この4人が顔を合わせたのはこれが初めてだ。フレッシュな気持ちはあるけれど、決して知らない同士じゃない。この状況がいい形で科学反応を起こした」
最初のリハーサルを終えてホテルに車で帰るとき、ハービーは喜びで胸が一杯になり、涙が出てきたという。
「その時点で、自分たちがどのような音楽をやるのか、まったく見えていなかった。全員がマスターと呼べるミュージシャンだから、彼らに何らかの指示を与えるようなことはしたくない。わかっていたのは、自分たちのやる音楽がこれまで誰もやらなかったものになる、ということだった。だからこのバンドでは、いま現在感じていることを素直に表現できればいいとね」
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{ カーネギー・ホール・コンサート }
6月25日、ニューヨークのカーネギー・ホールで行なわれたコンサートを観た。漲る創造性と共に素晴らしい演奏を繰り広げたのがこのときのカルテットだ。
「ステージで演奏するレパートリーは大体が同じだね。1、2曲は気分によって変えることもあるけれど、その前にやったプレイボーイ・ジャズ・フェスティヴァルとカーネギー・ホールは同じだったんじゃないかな?」
カーネギー・ホールでは、MC役のビル・コスビーが簡潔にメンバーを紹介してコンサートが始まった。演奏されたのは、ハービー、ウエイン、ホランドのオリジナルだ。驚いたのは、ハービーとウエインのコンビネーションに極めて新鮮な響きが認められたことだ。
「そう言ってもらえると嬉しい。ウエインとわたしはリハーサルをやる前に、ドラマーとベース・プレイヤーが入ってきても同じような自由を獲得する方法があるだろうか? っていう話をしていた。ふたりでああでもないこうでもないと話し合っているうちに、大切なのはプロセスだっていうことに気がついた。意図しても、演奏上のフリーダムは獲得できない。やっていくうちにフリーダムっていうのは獲得できるものなんだ。ウエインとわたしの場合がそうだった。フレッシュであり続けられるのは、ふたりがことある度に共演してきたからだ。そのプロセスが大切なんだ。仏陀の教えには、2歩下がって3歩進めというのがある。ウエインとわたしもこのような感じだった。いっきに進んでいくと、どこかで行き詰まってしまう。それよりも、自分たちの演奏を吟味しながら次のステップに進む。それがプロセスだ。そしてわたしたちの場合は、集まっては離れることを繰り返してきた。これが正しいプロセスに繋がったんじゃないかな」
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{ 演奏曲目 }
東京JAZZでも、基本的にはカーネギー・ホールやそのほかのコンサートで演奏されたレパートリーが取り上げられる予定だ。
「1曲目の<ソンリサ>は20年以上前に日本で初めて録音した曲だったかな? この曲はその後に一部を書き足して<トラスト・ミー>というタイトルで再度レコーディングしたことがある。今回はカルテット用にアレンジはしてあるけれど、オリジナルのフォーマットにしたんで<ソンリサ>のタイトルに戻した。とは言っても、毎回演奏のスタイルは変わっているから、どれがオリジナル・ヴァージョンだかもうわからなくなってしまった(笑)」
1曲目からハービーとウエインはエンジン全開で素晴らしいプレイを繰り広げる。そして2曲目は、ホランドのオリジナルで<パスウェイズ>が演奏された。3曲目の<V>は、荘厳な響きを持ったナンバーだ。
「これは『1+1』で発表した曲で、ふたつのヴァージョンがある。ウエインとふたりで書いたんだが、彼が構成を直してカルテット用に創り上げた。この曲も、これまでのところ毎晩違う形で演奏している(笑)」
そのウエインが書いた<フットプリンツ>が次に演奏された。ここでは倍テンポによるハービーのソロが傑出していた。次の<プロメテウス・アンバウンド>もウエインのオリジナルだ。ハービーのカルテットだが、ウエインとの双頭コンボの印象を受けるのは、演奏が対等であると同時に、彼の曲がいくつか取り上げられていたことにもよるものだ。
「そして最後は<マンハッタン・ローレライ>を演奏したんだっけ。これもウエインとの共作で『1+1』に入っていた」
コンサートはこの曲で終わったが、もちろんアンコールを求めるスタンディング・オヴェイションは鳴り止まない。ステージに戻ってきてカルテットが演奏し始めたのは<カンタロープ・アイランド>だ。
「アンコールでは、このほかに<ドルフィン・ダンス>をやる日もある。それから<アン・サン・スー・チー>、<メモリー・オブ・エンチャントメント>、<ウッド・シルフ>なども用意してある」
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{ 東京ジャズ }
「これまでの2回で、このフェスティヴァルの傾向は鮮明になったと思う。ジャズをベースにその周辺の音楽にまで範囲を広げて、世界中からさまざまなアーティストを呼ぶのがわたしの構想なんだ」
今年で3回目を迎える東京JAZZについても、ハービーは饒舌に語ってくれた。
「ジャズもあれば、ヒップ・ホップもヴォーカルもある。コンボからオーケストラまで編成もさまざまだ。それにラテンやアフリカ音楽、さらにはファンクやフュージョンなど、とにかく多彩な音楽を提供してきたし、これからも紹介していきたい」
どうしてこのような形のプログラムを組んでいるのか──そのことについてはこう語ってくれた。
「世界中でいろいろな若者によく聞かれるんだ。“ジャズは聴いたことがないけれど、どんなものを聴いたらいいんだろう?”って。わたしのファンには、ジャズ・ファンじゃないひとも多い。“ロック・イット”バンドでわたしの音楽が好きになったひとも多いからね。そういうひとのために、少なからず貢献しているのが東京JAZZだと思う。ジャズ・ファンでなくとも楽しめるフェスティヴァル。そして帰りのゲートを出るころには、彼らもジャズ・ファンになっている。そんなフェスティヴァルとプログラムを目指しているんだ」
東京JAZZで大きな目玉になっているスーパー・ユニットも、ハービー自身がとても楽しみにしているプログラムだ。
「あれこそこのフェスティヴァルの集大成だね。普通のジャム・セッションとはまったく違う。スター同士の顔合わせというのはよくあるけれど、大抵の場合はブルースやスタンダードを取り上げて、順番にソロを演奏して終わりという内容だ。しかし東京JAZZのスーパー・ユニットは、ステージの演奏を聴きながらわたしが構想を練って、このアーティストはここ、あのアーティストはあそこ、といった具合にフューチャーする場所を決めて、その上でリハーサルもしてからステージに上げる。世界中から集まってきた選りすぐりのミュージシャンを適材適所に配して、そのときのメンバーにしかできない音楽を演奏する。非常にクリエイティヴな場なんだ。これだけでも観にくる価値はあると思うよ」
(2004年6月28日 マンハッタン・プラザ・アテネにて) |
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